拍手ありがとうございました!【鋼/ロイハボ】



【夢の欠片】
レプリカの夢

 いつの間にか風が強くなっていた。きつい潮の香りと共に、ひときわ大きな波がザブンと打ち寄せる。
「………うわっ…!」
 波打ち際にぼんやりと立っていた二人は、不意の大波に膝上まで濡らされて慌てて飛び退いた。
「あちゃー。結構派手に濡れちまいましたね」
「……ブーツが水浸しだ…」
 着衣のまま中途半端に濡れた不快感にロイは顔を顰める。これが真水ならば多少濡れても乾いてしまえばあまり気にならないが、塩分の濃い海水はべたべたと肌に纏わり付いていつまでも不快さが取れないものだ。
「んー、折角海に来たんだし、どうせならもっと楽しみましょうよ!」
 ハボックはそう言うなり上着を脱いで銃のホルスターを外すと、乾いた砂の上に放り投げてそのままジャバジャバと海に入ってしまった。
「お、おい!」
「入っちまえば大して冷たくありませんよ。あんたもどうです?」
 この辺りは海流の関係で秋口でも比較的水温が高いらしく、彼は軍服のまま太腿辺りまで海水に浸かっても平気で笑っていた。確かに、下手な内陸の河川より冷たくないのかもしれない。
「そういう問題じゃないだろう。着替えも持ってないのに、こんな濡れ鼠でどうやって迎えの車に乗る気だ?」
「大丈夫っスよ、多分中尉が何か用意してくれてるでしょ」
 上官の行き先が海と知った時点で、ホークアイはこの事態を半ば予想して嘆息していた。そつのない彼女ならば、当然二人分の着替えを用意しているに違いない。
「だが、彼女に小言を言われるのは結局私なんだぞ」
「それくらい我慢してくださいよ」
 ぶつぶつと文句を言いつつ結局海の誘惑に負けたのか、ロイもすぐ部下の後を追う。
「 ─── 」
 アメストリス国軍の証である青い軍服よりも更に鮮やかな青に包まれて、彼は一瞬目を瞠った。身体の下でうねる波が、ダイレクトに五感を刺激する。
「……うわ、しょっぺえ。」
 素っ頓狂な声に驚いて隣を見ると、掌で海水を掬ったハボックが情けなさそうに顔を顰めて口元をごしごし拭っていた。
「は? 飲んだのか?」
「 ─── や、ホントに吐くほどしょぱいのか、一応確かめようかと思ってですね……」
「お前なあ…」
 呆れたように溜息を吐いたロイは、上着の懐を探ると一枚の写真を取り出した。
「あ、それ……」
「ああ、カヴァナ湖で撮った写真だよ」
 夜空いっぱいに咲く艶やかな花火を背景に、金髪の二人の青年が黒髪の男を挟んで写っているスナップだ。瓜二つの青年の片方は子供みたいにはしゃいで真ん中の男に腕を絡め、反対側のもう一人の金髪はひどく恥ずかしそうにカメラから視線を逸らしている。真ん中の男 ─── ロイは満足げにゆったりと微笑んでファインダーを正面から見返していた。
「 ─── ジャン、笑ってるッスね」
 それは今となっては唯一残るレプリカの形見だった。
「そうだな。いい笑顔だ」
 彼はそっと写真を海面に浮かべ、手を離した。印画紙はゆらゆらと暫く波間を漂った後、ゆっくりと海に沈んで見えなくなった。
「………」
『いつかみんなで海に行きたいな…』
 真っ青な湖面を見つめながら夢見るように呟いたレプリカの言葉が脳裏に蘇る。それは決して叶う事のない希みだった。

 パパパパーッ!
 騒々しいクラクションの音が辺りに響いて、ロイははっと我に返った。砂浜の向こうの道路に黒塗りの軍用車が停まっているのが小さく見える。
「時間切れッスね」
「 ─── ああ」
 夢の時間は終わった。
 二人はゆっくりと砂浜の道を辿り、ホークアイの待つ車へと戻っていった。



−了−

『レプリカの夢』の後日談です。

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